管理職を降りるために、私は会社を辞めた。役職を外すだけではダメだった理由

管理職を降りるために、私は会社を辞めた。役職を外すだけではダメだった理由 バリキャリ卒業(働き方・転職)

こんにちは、yushiです。
関東在住の40代前半、子なし共働き夫婦。3年後のセミリタイア(サイドFIRE・バリスタFIRE)を目指している、元バリキャリ会社員です。

💡この記事ではこんなことを書いています
・なぜ私は管理職を降りたいと思ったのか
・配置換えまでしてもらったのに、なぜ辞めたのか
・なぜ「役職を外すだけでは無理だ」と思ったのか
・誰も自分を知らない会社に転職して何が変わったのか
・管理職を降りた今、後悔しているのか

私は前職で管理職をしていました。そして今は転職して、役職なしの社員として働いています。

「管理職を降りたいなら、会社に相談して役職を外してもらえばよかったんじゃない?」と思う人もいるかもしれません。私自身も、最初はそう考えていました。

実際、前職ではかなり前から「もうこれ以上の昇進は望んでいない」「仕事をする気がないわけではないけれど、今のポジションには違和感がある」という話を上司にしていました。最終的にはかなり真剣に話を聞いてもらえるようになり、配置換えまでしてもらいました。仕事量そのものも減りました。それでも、私は結局会社を辞めました。

今振り返ると、私が降りたかったのは「管理職」という肩書きだけではなかったんだと思います。前の会社で出来上がってしまった、「何かあったら何とかする人」という自分から降りたかった。だから私には、役職を外すだけでは足りませんでした。

「もう昇進は望んでいない」と、ずっと話していた

私が管理職を降りたいと思ったのは、退職する直前ではありません。年単位でずっと考えていました。普通、仕事って忙しい時期と少し落ち着く時期があると思うんですが、当時の私はなんかもう、ずーっと忙しかった。

中間管理職だったので、管理だけしていればいいわけでもありません。自分もゴリゴリ実務をやる。そのうえで部下のフォローをする。トラブルが起きれば謝罪に同行する。なぜか他部署のフォローまでしている。気づけば「なんで私、こんな全部やってるんだ?」みたいな状態になっていました。

若い頃は本当に仕事が好きでした。忙しくても、それほど苦ではなかったんだと思います。仕事で評価されるのも嬉しかったし、できることが増えるのも楽しかった。でも、年齢を重ねるうちに少しずつ感覚が変わってきました。もうこれ以上昇進したいとは思わない。だからといって、仕事をしたくないわけでもない。ただ、今のポジションのままずっと働き続けることに、かなり違和感がある。そんな話を上司には何度もしていました。

最初の頃は「まあまあ、そう言わずに」という感じだったと思います。でも何度か話すうちに、私が本気で働き方を変えたいと思っていることは伝わっていきました。そのうちかなり真剣に話を聞いてもらえるようになり、最終的に配置換えもしてもらいました。

配置換えして、仕事量は減った。でも管理職のままだった

配置換え後は、仕事量そのものは減りました。それまでよりは明らかに楽になったと思います。「これなら、もう少し頑張れるかもしれない」と思いました。

ただ、役職は外れませんでした。そして当然ですが管理職である以上、管理職として立ち回ることは引き続き求められました。「できるんだから」ということだったんだと思います。実務量は以前ほどではない。でも、周囲を見て、必要なら動く。判断する。誰かをフォローする。何か問題があれば前に出る。そういう役割は変わりませんでした。

そしてもう一つ、配置換えして初めて分かったことがあります。それまで自分がいた部署は、相変わらずものすごく忙しかったんです。自分だけ少し仕事量が減った場所から、以前一緒に働いていた人たちが激務を続けているのを見る。これが意外としんどかった。「私はもう異動したので関係ありません」と割り切って横から見ていられなかったんですよね。気になる。困っていれば助けたくなる。問題が見えれば口を出したくなる。結局環境を変えてもらっても、私は完全にはそこから離れられませんでした。

配置換えして分かった。会社だけの問題じゃなかった

このあたりから、だんだん分かってきました。問題は単純に仕事量が多いことだけではなかった。管理職という肩書きだけでもなかった。私自身が、それまでの働き方を変えられなかったんです。

忙しそうな人がいれば気になる。問題が起きていれば口を出す。誰も決めないなら、自分が決める。自分だけ仕事のペースを落とすことも、当時の私のプライドが許さなかった。

今考えると、私は前職で長い時間をかけて「困った時に出てくる人」「何とかする人」「この人に任せておけば大丈夫な人」みたいなキャラを、自分で作ってしまっていました。もちろん会社からも、周囲からも、そういう期待はあったと思います。「できるんだから、やってくれるよね」という空気もあった。

でも、それだけじゃない。私自身も、その自分をやめられなかった。ここがかなり大きかったんだと思います。

仮に役職だけ外してもらったとしても、周りが忙しく働いている中で、「私はもう管理職じゃないので」と横で見ていることなんて、たぶんできなかった。また首を突っ込む。また前に出る。そしてまた、自分で仕事を抱える。だから途中から、「これ、役職だけ外してもらってもダメなんじゃないか」と思うようになりました。

自分がミスした時に、「もうそういうポジションなんだ」と思った

管理職がつらい・やりたくてやってるんじゃない

そんな中、私自身が仕事で結構大きなミスをしたことがありました。もちろん、そのミスを何とかするために周囲の人にはかなり協力してもらいました。もちろん私にも上司はいます。ただ、誰かが代わりに前に出てこの問題を何とか収束させてくれる、という感じではありませんでした。私が「こういう対応をしようと思います」と報告して、「それで進めて」と言われる。

対応を考えて、実際にフロントに立つのは私でした。私はそれまで、部下や他部署のメンバーがミスをした時、極力フォローしてきたつもりです。でも、自分がミスをした時も、結局前に出るのは自分だった。

その時「ああ、もうそういうポジションまで来ちゃったんだなぁ」と思ったんです。もちろん誰も上にいない、という話ではありません。でも、実際に問題をどう収束させるか考えて、フロントで動くところは自分が担う。そういう立場になっていた。

それを「ここまで偉くなったんだ」と嬉しく感じるより、私はため息が出ました。「ああ、もう私はこの役割を続けたいと思ってないんだな」と、そこでかなりはっきりした気がします。

💡私がそもそも、なぜセミリタイアや働き方の見直しを考えるようになったのかは、こちらにも記載しています↓

仮に「役職なし・年収維持」でも、たぶん私は辞めていた

今ならかなりはっきり思いますが
仮に前職から、「役職を外します」「年収はそのままです」「残業もしなくていいです」と言われていたとしても、たぶん私は辞めていました。条件だけの問題ではなかったからです。

前職には、それまでの私を知っている人がたくさんいました。「あの人ならやる」「この件はyushiさんに聞けば分かる」「何かあれば前に出てくれる」。そういう見られ方は、一度出来上がるとなかなか消えません。そして一番厄介なのは、私自身もそれに応えようとしてしまうことでした。会社からの期待。周囲から見た私のキャラ。管理職としての責任感。自分のプライド。全部が絡んでいました。

だから、だんだん思うようになりました。一回、全部リセットしたい。誰も私を知らないところに行きたい。元管理職でもなく、前職で長く働いてきた人でもなく「あの人なら何とかする人」でもなく、ただ新しく入ってきた一社員として働いてみたい。

私には、役職を外すことより、環境ごと変えることの方が必要だったんだと思います。

転職して、「ただの人になれた」と思った

新しい会社に入った時に感じたのは、「ただの人になれた」という感覚でした。誰も私の昔の実績を知りません。前職でどんな仕事をしていたかも、どれくらい忙しかったかも、どんなふうに周囲から頼られていたかも知らない。ただの新入社員です。嬉しかったです。でも、少し寂しくもありました。

私は昔から「できる人だと思われたい」「かっこいい人だと思われたい」という気持ちがかなり強かった方です。実際にそう評価されることは嬉しかった。頼られることも嫌いではなかった。だから、それまで積み上げてきた肩書きや評価がリセットされることで、結構モヤモヤするんじゃないかと思っていました。実際、多少はあります。でも意外と大丈夫でした。それ以上に、「何でも背負わなくていい」ことの方が大きかった。

管理職を降りても、管理職だった自分は消えない

面白いのは、会社を変えて肩書きを外しても、自分の中から管理職目線が消えるわけではないことです。今でも仕事をしていると「私だったらもっとこうするけどなぁ」と思うことは普通にあります。というか、結構あります。今の私は指示される側なので、指示する側のやり方がイケていないとモヤモヤします。問題が見えると、つい口を出してしまう。そして後から「またやっちゃった…」と思う。この癖は、たぶんなかなか抜けないんだと思います。

管理職をして身についた判断力、決断力、育成力、交渉力、先を読む力も、今も自分の中に残っています。肩書きは手放した。でも、管理職だった経験まで消えたわけではありません。

ただ、前職と一つ大きく違うことがあります。今は、関わるかどうかを自分で選べる。理不尽な依頼なら断る。言いたいことは言う。スルーしていいものはスルーする。「入社したばかりなのに、生意気だと思われるかな」みたいなことも、そこまで気にしません。前職では、問題があれば「やる」がほぼ自動的に選択されていました。今は、「これはやる」「これはやらない」を、自分で選べている感覚があります。管理職を降りて一番楽になったのは、実はここなのかもしれません。

責任を引き取らなくていい。それがものすごく楽だった

今の会社でも、当然いろいろなことは起きます。社内外で揉めていることもある。そんな時、「揉めてるなー。大変そうだなー」と横目で見ていられる。以前の私には、なかなかできなかったことです。前職だったら、途中から話に入って、状況を整理して、誰かをフォローして、必要なら自分が前に出て、何とか収束させようとしていたと思います。

今でも、私だったら…と色々考えをめぐらせますが、だからといってその責任まで引き取りたいわけではない。ここはかなり変わりました。

昔は仕事にやりがいをかなり求めていました。若い頃は、本当に仕事が好きでした。だから忙しくても、それで良かったんだと思います。でも今は、もうそこまで仕事に大きなものを求めていません。あと数年働いたら、私はスパッとセミリタイアしたいと思っています。仕事そのものへの気持ちが変わった話はこちらにも書いています。

「もっと早く降りればよかった」とは思わない

管理職を降りたことに後悔はありません。一度もありません。でも「もっと早く降りればよかった」ではなくて、このタイミングで良かったと思っています。

管理職までやったことで、「自分はここまでできるんだ」と分かったからです。私は社会人としてのスタートも遅かったし、若い頃はかなり卑屈なところがありました。そこから仕事を積み重ねて、管理職になって、自分なりに結果も出した。判断力も、決断力も、育成力も、交渉力も、人脈も得た。高い給与をもらえたことで、資産形成も進みました。あの頃あれだけ頑張ったから、今こうやって仕事のウェイトを下げる選択ができています。だから管理職だった時代を否定する気はありません。やってよかった。でも、もう十分やった。今はそんな感じです。

管理職を降りたいなら、「役職」以外も一度考えてみてもいい

私は、管理職を降りることを勧めたいわけではありません。管理職であることにやりがいを感じる人もいる。チームを動かすことが好きな人もいる。もっと上を目指したい人もいる。それなら、やればいいと思います。

ただ、もし今「管理職を降りたい」「役職さえ外れれば少し楽になるかもしれない」と思っているなら、一度だけ考えてみてもいいかもしれません。自分がしんどいのは、管理職という肩書きそのものなのか。会社から期待されている役割なのか。周囲の中で出来上がってしまった自分のキャラなのか。それとも、自分自身が長い時間をかけて作ってきた働き方なのか。

私の場合は、全部でした。仕事量を減らしてもらってもダメだった。配置を変えてもらってもダメだった。仮に役職だけ外してもらっても、おそらくダメだったと思います。だから私は、会社ごと変えました。そして今、「ただの人」として働いています。

管理職目線は相変わらず抜けないし、つい口を出して「またやっちゃった」と思うこともあります。でも、そこで責任まで引き取るかどうかは、自分で選べる。それが今の私にはすごく楽です。少し寂しさはありますがそれ以上に毎日が「嬉しい」。

ここからまた、私の人生の次章が始まっていきます。

💡転職後、実際にどんな働き方になったのかはこちらに書いています↓

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