41歳バリキャリ、なぜ私はセミリタイアを目指すようになったのか

バリキャリ卒業日記

仕事は嫌いですか?と聞かれたら、私は今でも「別に嫌いじゃない」と答えます。
夢中になれる仕事だったから頑張ってきたし、会社や人が心底いやになったわけでもない。それなのに今は数年後のセミリタイアを目標にしています。

その理由を説明するには、少し昔の話からお伝えさせてください。

社会人デビューは27歳でした

私は大学3年生の時にうつ病になりました。
なんとか大学は卒業したものの、まともに働ける状態ではなく、社会人としてスタートラインに立つまでに5年近くかかりました。

就職先も決まっていたのですが、結局出社することができず。
そこからは5年近く、引きこもりのような生活をしてました。

今思うと、よくあそこから社会復帰できたなーと思います。
※ここらへんの話はまた追々…

27歳でようやくコールセンターの契約社員として働き始め、その後は事務アシスタントを経てIT資産のリユース業界で営業職になりました。

事務職志望だったのに営業が天職だった

私は最初から営業になりたかったわけではなく、事務職希望でした。
当時はオンラインゲームでもヒーラー(回復役の魔法使い)を選択するような考え方でしたね。フィールド部隊のメンバーを後方支援するのが好きだと思い込んでいたんです。

でも働いているうちに、あれ、営業ってこんな感じなら私がやったほうがもっと実績だせるわ。と生意気にも思ったわけです。笑
営業の人たちを見ていると大変そうではあるけれど、自分で考えて動いて結果を出していく感じが面白そうで、実際やってみたらそっちの方が性に合っていました。

そこから何度か転職し、最終的にIT業界へ入りました。

IT業界で本気で働いた8年間

ITの知識なんてほぼゼロで、今思えばよく採用してくれたなと思います。
ただ当時から軸はブレてなかったはずで、IT/ICTで業務効率化を提案する仕事がしたいと考えていました。

最初の頃は本当に大変でした。
まずエンジニアが何を言っているのか分からない。上司も怖い。
毎日悔しくて、家に帰ってよく泣いてました。

でも昔から負けず嫌いで、見返してやりたいと思ってガリガリ勉強した結果
気づけばエンジニアとも対等に会話できるようになり、上司から意見を求められるようにもなり。5年後には課長になりました。私が望めばそれ以上の昇進も十分に見込める状況で、良くも悪くもバリキャリ枠におさまりました。

成長している実感があって、本当に楽しかったのですが
結局私、どこまでいっても仕事ばっかりしてる人生だなーとは感じ始めました。

気づけば仕事が人生の中心になっていた

私がいたのはインフラ寄りの業界でした。
IT業界全体では女性管理職も増えつつあるものの、私がいた界隈では女性が昇進していくことはまだまだ少なかった。
この人とずっと付き合っていきたいなぁと思っていた取引先の優秀な女性メンバーの方々も、気づいたらやめていた…みたいな、割とハードな業界ではありました。
200名くらいの会社でしたが、営業系の女性管理職は私一人という世界でした。

夜間作業、休日作業、大型連休対応。
営業は必ずしも現場に行かなくても良いですが、何かあれば電話がかかってきます。
だから休日でも会社携帯が気になる。

大型連休も旅行中もモチロン気になる(そして電話もかかってくる)。
私生活と仕事が常に同居しているような状態でした。
世の中の会社員は本当にすごいと思います。皆さんこれを当たり前のようにやっている。
今はだいぶ時代が変わりましたけど、それでもこんな状態で仕事してる方ってまだまだたくさんいらっしゃると思います。

私は人に頼るのがあまり得意ではありません。
トラブルがあれば自分で解決する。
揉めそうな案件があれば先回りして潰す。誰かが困る前に動く。

そんなことを繰り返していたら、仕事がどんどん私に集まってくるようになりました。

当然、他にも営業は何人もいたんですが
正直なところ最後の数年は、なんで私だけこんなに忙しいんだろうと思っていました。

誰かが揉める前に動く。
誰かが困る前に潰す。
誰かが見落としているリスクを拾う。

そういう仕事って評価されにくいんですよね。
でも少なくとも、そういう泥臭いことをやった甲斐もあり
自分の案件はクレームや事故が発生しづらかった、という自負はあります。
ただその分、いかんせん多忙だった…。

自分でそういう構造を作っちゃったのもありますし
私と同じような働き方をしている他のメンバーに対しても、会社・組織としてその構造を問題視し
対処・改善しようという意識は薄かったように思います。

私はワークライフバランスを求めていたはず

今振り返ると笑っちゃうんですが、私は何度も「ワークライフバランスを整えたい」と言って転職しています。

でも転職したらまた全力で働く。また抱え込む。そして疲弊する。

結局、自分の働き方そのものはずっと変わっていませんでした。
これって会社の責任とは言い切れなくて、自分の責任でもあると思うんですよね。
しっかり仕事をしていたら自分にいろいろと集まってはきちゃうのですが、
そこで上司にアラートも出さずに自分で働き方をコントロールできなかった。

成長するために努力し続けるべきだというバイアスにとらわれて、仕事=自分の使命だと思って
ガリガリと頑張ってやってましたが、結局自分のその行動が自分を疲れさせていただけなんですよね。
今思えば。

鬱とがんを経験して変わった人生観

私は20代後半で一度がんを経験しています。
鬱から復帰し、ようやく社会復帰できた矢先に、です。
半年強、休職せざるを得ませんでした(いまは緩解しています)。

だから、人よりも死生観がかなり強いです。

今日生きていることは当たり前じゃない。
明日も元気でいられる保証なんてない。

そういう感覚をずっと持っています。

だから40代を過ぎた頃からより一層、思うようになりました。
このまま仕事ばかりして人生が終わったら、私はきっと後悔するだろうなと。
仕事は嫌いじゃない。でも人生ってそれだけじゃない。もっと豊かなものなんじゃないの?と、強く思い始めました。

私が欲しかったのは自由な時間だった

平日の昼間に家庭菜園で土をいじること。
夫とゆっくりご飯を食べて、他愛のない話をすること。
ペットのチンチラを可愛がりながらのんびりすること。
コーヒーを飲みながらじっくり本を読むこと。

そういう時間の方が、今の私にはずっと価値があると考えるようになりました。

出世よりも時間。
肩書きよりも自由。

40代になってようやく、そう思えるようになりました。

30代の私は
病気で子供を持つことができなかった。
そんな自分は、厳しい環境で荒波に揉まれて戦い続けていくことが唯一社会へ貢献できることなのだ、くらい考えてました。
今思えば、なんでそんな究極の思想になってしまったのか意味わからなくて笑っちゃいますが、
当時は卑屈だったし劣等感があったんだと思います。
それくらいしないと自分が生きていることの価値を見出せなかったし
自分の価値を世間に対して証明し続けなければいけない、と思っていたのかもしれません。

今みたいな考え方に至れたのは、長年頑張ってきて自分をちょっと許せるようになったんだろうなぁと。
私なりの成長のあかしなのだと思います。

だから私はセミリタイアを目指す

ありがたいことに、30代から続けてきた投資のおかげで資産も少しずつ増えてきました。

子どももいませんし、このまま今まで通り働き続けたら、おそらくお金を使い切れないまま
人生を終えるのでは…?という状態になってきました。
夫婦ともにお金を使う趣味も持ってないですし、今日はお金つかうぞー!と決めた日でもいざ買うとなると躊躇してしまったり。

資産が増えたことそのものよりも
「もうこれ以上、お金を増やすために人生の時間を削る必要はないのかもしれない」と思えるようになったことの方が大きかったです。
だったら働く時間や、仕事の負荷を減らしてもいいんじゃないか。

でも仕事から完全に離れるイメージはまだわかない。
仕事をやめたら、社会とのつながりもなくなってしまいそうな気もする。

だから完全リタイアではなくセミリタイア。

それが今の私の目標です。

おわりに

ここまで書いた今の私の気持ちをふまえて、このブログではセミリタイアまでの試行錯誤の過程を書いていこうと思っています。

数年後、本当にセミリタイアできているかは分かりません。
でも少なくとも、仕事だけが人生の中心という状態からは離脱したい。
仕事が人生の主役ではなく、人生を豊かにするための一要素になればいい。

それだけははっきりしています。
今はそんな働き方を目指しながら、試行錯誤を続けています。

 

 

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