42歳バリキャリ、なぜ私はセミリタイアを目指すようになったのか

42歳バリキャリ、私がなぜセミリタイアを目指すようになったのか バリキャリ卒業(働き方・転職)

こんにちは、yushiです。
関東在住の40代前半子なし共働き夫婦、セミリタイア(サイドFIRE・バリスタFIRE)を目指している(元)バリキャリ会社員です。

この記事は、「このまま今の働き方を続けるべきか」と悩み、セミリタイアや脱サラを考え始めた方に向けて、3年後にセミリタイアを実現しようとしている私が、なぜ安定を捨ててでもセミリタイアを実行するという考えに至ったのか?新たな生き方を選ぼうとしている、理由と本音をお届けします。

💡この記事の概要:
「このまま今の働き方を続けるべきか」と悩み、セミリタイアや脱サラを考え始めた方に向けて、3年後にセミリタイアを実現しようとしている私が、なぜ安定を捨ててでもセミリタイアを実行するという考えに至ったのか?
新たな生き方を選ぼうとしている「理由と本音」をお届けします。

仕事は嫌いですか?と聞かれたら、私は今でも「別に嫌いじゃない」と答えます。夢中になれる仕事だったから本気で頑張ってきたし、会社や人が心底いやになったわけでもありません。

それなのに、なぜ私は今、数年後のセミリタイアを目標にしているのか。

「40代・子なし夫婦」という私たちの属性だからこそ見えてきた、キャリアの引き際と、お金と時間のリアルなバランスについてお話しします。

気づけば「私生活と仕事」が同居していた30代

前職ではIT業界の営業管理職として、額面おおよそ800万〜900万円の年収をいただいていました。

やりがいもあり、周囲からも頼られる環境でしたが、インフラ寄りの業界だったこともあり、常に「問題なく動いていて当たり前」というプレッシャーがつきまとう環境でした。

  • 夜間作業、休日作業、大型連休対応
  • 休日でも常に手元の会社携帯が気になる
  • 旅行中もトラブルがあれば電話がかかってくる

当時は「成長するために努力し続けるべきだ」というバイアスにとらわれ、仕事=自分の使命だと思ってガリガリと頑張っていましたが、私生活と仕事が常に同居している状態に、心身のエネルギーを少しずつ削られていたのも事実です。

「ワークライフバランスを整えたい」と言って転職を繰り返した過去もありましたが、結局、自分自身が抱え込む癖を変えられない限り、どこへ行っても同じことの繰り返しでした。

40代を過ぎて変わった「人生観」と時間の価値

そんな私が、40代を迎えて人生の優先順位をガラリと変えることになります。

私は過去に病気(うつ病やがん)を経験していることもあり、人よりも死生観がかなり強い方です。「今日生きていることは当たり前じゃない」「明日も元気でいられる保証なんてない」という感覚を、ずっとベースに持っています。

だからこそ、40代を過ぎて自分の人生を俯瞰したときに強く思うようになりました。

「このまま仕事ばかりして人生が終わったら、私はきっと後悔する」

仕事は嫌いじゃない。でも人生ってそれだけじゃない。もっと豊かなもののはず。 そう考えたとき、今の私にとって最も価値があるのは、出世や肩書きではなく「自由な時間」だと気づきました。

  • 平日の昼間に家庭菜園で土をいじること
  • 夫とゆっくりご飯を食べて、他愛のない話をすること
  • ペットのチンチラを可愛がりながらのんびりすること
  • コーヒーを飲みながらじっくり本を読むこと

30代の私は、ある種の劣等感や後ろめたさを埋めるために「世間に自分の価値を証明し続けなければいけない」と頑なに思い込んでいました。でも、長年必死に走り抜けて実績を出したことで、ようやく自分をちょっと許せるようになったのだと思います。

「もう、無理して戦い続けなくてもいいんだよ」と思えたことは、私なりの成長の証でした。

「これ以上、お金のために時間を削る必要はない」という確信

セミリタイアへ踏み切る大きな現実的ステップとなったのが、「資産形成の目処が立ったこと」です。

ありがたいことに、30代からコツコツと続けてきた投資のおかげで、資産が少しずつ、しかし着実に増えてきました。

ふとシミュレーションをしてみたとき、
「私たちには子どもがいないし、このままのペースで夜遅くまで働き続けたら、おそらくお金を使い切れないまま人生を終えるのではないか……?」と考え至るようになりました。

夫婦ともにお金を使う派手な趣味はありません。「今日はお金を使うぞ!」と決めた日ですら、いざ買うとなると躊躇してしまうような、地味で平穏な暮らしが性分に合っています。

資産が増えたことそのものよりも「もうこれ以上、お金を増やすために人生の時間を削る必要はないのかもしれない」 と思えるようになったことは、私にとっては劇的なパラダイムシフトでした。

なぜ「完全リタイア」ではなく「セミリタイア」なのか

だったら今すぐ仕事を完全に辞めてしまえばいいかというと、そうではありませんでした。

  • 仕事から完全に離れるイメージがまだ湧かない
  • 完全に辞めてしまったら、社会とのつながりがなくなってしまいそうで怖い

という思いがあります。
仕事を通じて人とコミュニケーションをとったり、誰かの役に立ったりすること自体は、私の人生のスパイスや充実感を得るための手段として残しておきたい。

だからこそ私は「完全リタイア」ではなく、週の半分だけ働くような、あるいは精神的重圧のないポジションでゆったり働く「セミリタイア(サイドFIRE)」を目標に据えました。

その第一歩として、まずは過酷な管理職のポジションを降り、フルリモートの環境へ転職して「生活のゆとり」を取り戻す選択をしました。
(この転職活動のリアルな舞台裏については、以下の記事に詳しく書いています)

おわりに:仕事は人生の「主役」ではなく「一要素」

かつての私は、仕事で評価されることだけが自分の価値であり、幸せのすべてだと盲信していました。

しかしキャリアやお金への執着を手放した今、仕事は人生の「主役」ではなく「人生を豊かにするための一要素」にすぎないと考えられるようになりました。

出世街道を外れ、年収を下げて時間を選んだこの選択が、数年後にどんな結末を迎えるかは分かりません。でも仕事中心の生活から離脱した今、私は確実に毎日の「生活」を愛せるようになっています。

このブログでは、3年後の完全なセミリタイアに向けて、私が日々試行錯誤していくプロセスやお財布事情のリアルを発信していきます。同じように「これからの働き方」に悩む同世代の方の、小さなヒントになれば幸いです。

※よろしければ、以下の記事もご覧ください😊

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