こんにちは、yushiです。
関東在住の40代前半子なし共働き夫婦、セミリタイア(サイドFIRE・バリスタFIRE)を目指している(元)バリキャリ会社員です。
💡この記事は:
40代からのキャリアチェンジに不安を抱え、「本当にこの年齢で次の仕事が見つかるのだろうか」「年収減や役職を手放すのが不安」と悩む方に向けて
私が実際に体験した「あえてキャリアをダウンサイジングする転職活動」のリアルな舞台裏と、絶対に譲れなかった条件を公開します。
以前、人付き合いを減らしていきたいという記事を書きました。
そこで「転職したよ~」という事をサラッと書いたのですが、今日はその転職に至った経緯についてもう少し深掘りしてお話させてください。
結論から先に書くと
「会社への不満が極限になってきた頃、義父が亡くなり、自分の人生を真剣に見直すようになった」という話です。
年収900万円のIT女性管理職が感じていた「限界」
転職前、私は激務で知られるIT業界に10年ほど身を置き、たたき上げで営業部門の管理職を務めていました。
退職前数年の年収は、業績により前後ありますが額面おおよそ800万〜900万円。入社からの約8年間で、ありがたいことに約60%年収アップした形です。
数字だけ見れば順風満帆に見えたかもしれません。しかし、会社が急成長フェーズにある中で、最後の2年間は組織の歪みに私自身がついていけなくなっていました。
- 人を増やすスピードに教育リソースが追いつかない
- 中堅層が増えず、教育・フォロー・トラブル対応がすべて自分に集中する
- 現場は休日・夜間も稼働し、常にチャットや電話の対応に追われる
「このままの働き方をあと数年続けたら、間違いなくどこかで自分が潰れてしまう」という限界を、薄々感じてました。
キャリアへの執着が消えた「義父の死」
そんな中、闘病中だった義父が70代前半で亡くなりました。 60歳で定年退職し、ようやく夫婦でゆっくり隠居生活を楽しみ始めてたったの10年ちょっとでの別れでした。
この出来事をきっかけに、もともと強かった私の死生観は大きく揺さぶられました。
「私の人生、このまま仕事だけをやって死んでいくのか? それで本当に後悔はないのか?」
歳をとれば、今当たり前にできている生活の機微も楽しめなくなる。その時にお金だけがたくさんあったって意味がない。老後に資産を残しすぎるのではなく、40代の今、もっと「日々の生活」に重点を置きたい――。
この考えに至ってからは、あそこまで固執していたキャリアや役職が、なんだか急にどうでもよくなってしまいました。一気に全身から力が抜けていくのを感じ、私は「フルタイムは続けるけれど、役職は捨てて年収を下げ、時間的・精神的な負荷を下げる」という転職へ舵を切ったのです。
【現実】42歳女性のキャリアダウン転職は想像以上に厳しかった
こうして始まった転職活動ですが、現実は甘くありませんでした。
今回の転職では、営業(フィールドセールス)を続けるとまた同じ激務に巻き込まれると考え、物理的に職種を変えて「インサイドセールス」や「営業事務職寄り」への転向を前提に探しました。
30代前半の転職活動では応募した企業の多くが選考に進み、複数社から内定をもらえましたが、40代の「未経験職種へのスライド転職」は全く別物でした。
驚くほど書類が通らない…!
そもそも市場価値を「さらに上げる」ための転職ではなく、
- 働き方を見直したい(役職なし希望)
- フルリモート中心で働きたい
という条件ですから、打率は一気に下がります。 結局、10社ほど応募して、面接に進めたのはわずか「1社」だけでした。
奇跡的なマッチングを引き寄せた勝因
なんと運良く、その1社から内定をいただくことができました。 勝因は、その企業が「前線でゴリゴリ営業していた経験を活かして、事務方や後方支援に回ってくれる即戦力人材」をピンポイントで探していたことです。
転職エージェントを使うことをあまり好まない私は、自分の力で対等に企業とやり取りしたいという思いが強かったため、企業のコーポレートサイトから直接問い合わせをしました。その行動力についても、気に入っていただいたようです。
40代の転職では、単に「楽な仕事がしたい」では落とされます。「前職のハイキャリアを、新しい事務職やインサイドセールスの現場にどう還元できるか」をロジカルにアピールできたことが、奇跡的なマッチングに繋がったと感じています。
転職活動で私が「絶対に譲れなかった2つの条件」
今回の転職において、自分の人生を取り戻すために死守した条件が2つあります。
絶対条件①:フルリモートであること
これはマストでした。私は必要以上に業務に関係のないコミュニケーションをとることが得意ではありません。[過去の記事]でも書いた通り、人付き合いを減らして静かに暮らすためのステップです。
リモート環境になれば、物理的に不要な接点が減り快適になります。また、通勤時間がゼロになる分、家事や自分の時間に充当できます。雨の日に夫を駅まで車で送ってあげるような、ささやかな心のゆとりも生まれました。
絶対条件②:管理職(役職)をやめること
「もう会社から過剰に期待されたくなかった」というのが本音です。 私は責任感が過剰なタイプだと自覚しているので、最初から役職付きで採用されてしまうと、絶対にまた頑張ってしまうだろうというのは容易に想像がつきます。
前線で走ってきた人間にとって、意識的に「頑張らない」というのは実はとても難しいことです。だからこそ、最初から頑張らざるを得ない「役職」は完全に手放す必要がありました。
5. セミリタイアを見据えた「年収ダウン」の許容度
今回の職種変更に伴い、私は「年収が200万円以上下がる(希望額600万円)」ことを覚悟していました。当然、今後のセミリタイア計画の試算を行い、家計が破綻しないことを確認した上での決断です。
面接でははっきりと「現在の年収は800〜900万円ですが、希望は600万円です。その期待値(役職なし)で迎えてください」と意思表示をしました。
結果としては、これまでの実績を高く評価していただき、年収ダウンは約100万円減少(想定より高い水準)で着地しました。ありがたい反面、「あ、思ったよりはしっかり働かないとダメかもしれないな」とも思っています(笑)。
しかし、希望していた条件(フルリモート・役職なし)はすべて満たすことができたため、私としては大成功の転職活動でした。
キャリアや年収よりも「生活」を楽しみたい今
転職してまだ日は浅いですが、今見えている景色は以前とは180度違います。
朝起きて窓を開け、「いい天気だな」と思う。鳥が飛んでいるのを見つめ、雨上がりの匂いや夏の空気を感じる。仕事の前に自宅の畑に行って、サラダ用の野菜を摘んでくる――。
「生産性」「効率化」「業務改善」ばかりを叫んでいた以前の私なら、こんな時間は非効率だと切り捨てていたでしょう。でも、この「何も生み出さない、何でもない時間」こそが、生活の本質であり、尊いのだと今は心から思えます。
仕事で評価されることだけが自分の価値だと思い込もうとしていた長年の呪縛から、私は自分を解放することができました。
40代からの転職や、キャリアダウンに不安を感じている方へ。 勇気を出して「条件を絞り、執着を手放す」ことで、お金や肩書き以上の『人生のゆとり』を手に入れることは、何歳からでも可能です。
数年後、無事にセミリタイアを迎えたときに「あの時、レールを外れて本当に良かったなぁ」と思えるよう、これからはこの丁寧な生活を存分に楽しんでいきたいと思います。




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