40代女性のミッドライフクライシス|仕事、お金、体…私に起きた変化【体験談】

40代女性のミッドライフクライシス|仕事、お金、体…私に起きた変化【体験談】 バリキャリ卒業(働き方・転職)

こんにちは、yushiです。
関東在住の40代前半子なし夫婦です。現在は45歳でのセミリタイア(サイドFIRE・バリスタFIRE)を目標に、資産形成や働き方の見直しを進めています。

💡この記事は

・ミッドライフクライシスの症状を感じる40代女性の実録です
・なんとなく調子が悪い感じが続く、気持ちが落ち込む…という方の参考になれば幸いです。

40代になってから、仕事への情熱が突然なくなり、いろんなことが急にどうでもよくなるという事態が起こりました。昔は仕事が人生そのものだったのに、ある日を境に「もう十分頑張ったから、どうでもいいや」と思うようになったのです。

後から知ったのが「ミッドライフクライシス」という言葉です。
もちろん、私が本当にミッドライフクライシスなのか、更年期なのか、あるいは単なる燃え尽きなのかは分かりません。ただ、40代になってから起きた心と体の変化を振り返ると、この言葉が一番しっくりきます。

仕事、お金、体、そしてこれからの人生。 今回は、私自身に起きた変化を綴ってみます。

叩き上げの管理職。ある日突然、仕事への情熱が「ゼロ」になった

私はもともと、自他ともに認める「仕事人間」でした。

社会に出るのが少し遅かったというコンプレックスもあり、「とにかく周りに評価されたい」という一心で、何年も前のめりで仕事にのめり込んできました。 叩き上げで管理職になり、部下の育成に悩み、残業してでも案件をもぎ取る。成果を出すためなら、自分の時間をどれだけ犠牲にしても苦になりませんでした。

しかし、あるタイミングで「あぁ、もう十分頑張ったな。やり切ったな」と思い至ることになります。

(その理由はいろいろあるのですが、長くなるので別の記事で書いています)

あんなに燃え盛っていた仕事への情熱が、嘘みたいに一気になくなりました。

それが前職の仕事に対する「やりきった感」だったのか、それとも「労働そのもの」への熱意が消えたのか、当時は自分でも分かりませんでした。環境を変えれば、またあの熱量が戻るかもしれないとも思いつつ、業務量を少し落とせる会社へ転職しました。

もちろん、今でも与えられた仕事は責任を持ってしっかりこなしているのですが、あのかつて持っていた「仕事が人生のすべて」という熱い感覚は、どうしても戻ってこなかったのです。

お金や評価よりも「何者でもない自由」が欲しくなった

昔の私を突き動かしていたのは、「仕事で評価されること」と「お金を貯めること」でした。評価されることが、そのまま収入にもつながっていきました。ワーカホリックな生き方は当時の私にとって最適解だったのだと思いますが、自分はこうでなければいけないのだと、自分を縛ってもいました。

ある程度お金が貯まり、ふと周りを見渡して「自分もそれなりのポジションを確保したんだな」と実感すると「もう、これ以上はいいかな…」と思うようになりました。

それよりも今は、もっと暇になりたい。もっと自由になりたい。というかもう何もしたくない。なにもかもダルい。

何かを成し遂げて「何者か」になるよりも、

何者でもなくなりたい。

そう思うようになりました。
もう、みんな私のことを放っておいてくれ…みたいな。

効率的なことばかりを追い求める生活に疲れてしまったのかもしれません。非生産的な時間、なんの役にも立たない時間を、ただぼんやりと過ごしてみたい。

これがミッドライフクライシスなのか、それともただの電池切れなのか?

ミッドライフクライシスで感じた体の変化

精神的な変化と足並みを揃えるように、40歳を過ぎてからは体にも明らかな変化が起きはじめました。

一番は、疲れが抜けにくくなったこと。 見た目や体重は維持できているものの、筋肉が落ちて体が「中年っぽく」なってきたのを感じます。

以前なら「使命感」のスイッチが入れば、朝もバキッと起きられました。今はリモートワークになったこともあるのかもしれませんが、起きる瞬間から体がだるくてなかなかやる気スイッチが入りません。

かつての私は、少しでも隙間時間があれば限界まで予定を詰め込むタイプでした。けれど今は、体も心もついていきません。

「今日はもう、何にもしたくない」

そう思って動けなくなる日が、明らかに増えました。 年齢のせいなのか、ストレスなのか、更年期なのか。原因は分からないけれど、私の体は確実に「これまで通りの生き方はできないよ」とサインを出しているようでした。

子どもがいないからこそ、自分の人生と徹底的に向き合う

我が家には子どもがいません。 いわゆる選択的DINKSではなく、身体的な事情で授かることができなかった家庭です。

これについて、後悔しているかと言われれば違います。どうしようもできなかった事実だからこそ、今はただ冷静に受け止めています。ただ、案外子育てをうらやましく思う感情もなく、どこか客観的に眺めている自分がいます。

40代になって「これからの人生」を考えるとき。もし子どもがいれば、良くも悪くも「まずは子どものために」と目の前のことに必死になれるのかもしれません。でも、私には何よりも最優先で守らなければいけない存在が目の前にない(ペットはいるけど)。

だからこそ、必然的に「自分」と「夫」のこと、つまり「自分たちのこれからの生き方」に意識が向きます。仕事のボリュームを落として時間ができたこともあり、哲学的な思考をすることが増えていきました。

「さて、この先どう生きていこうか」

そうやってぼんやり考える時間の中で、自然と「資産形成」や「セミリタイア」への興味が大きくなっていったのです。今は「生活のために働いている」という感覚が強いです。

人付き合いもどんどん面倒に感じるようになってきました。以前なら苦にならなかった雑談や付き合いも、今では必要以上にエネルギーを使うように感じます。こんなモヤモヤした中途半端な状態で、あと20年もフルタイムの正社員を続ける未来がどうしてもイメージできなくなってきました。

だったら、あと数年だけしっかりやり切って、この「週5フルタイム」という枠組みから脱出してしまおう。そう思うようになったのです。

まとめ:ずっと自分を縛っていた「バイアス」からの脱却

心と体に起きたこの大きな変化が、ミッドライフクライシスなのか、単なる更年期なのかは、今も分かりません。けれど、ひとつだけ良かったと思えることがあります。

それは、「人生、ずっと走り続けなきゃいけない」「頑張り続けなければ価値がない」という強固なバイアスから自然と抜け出せたことです。

人間って本来はもっと自由に生きていいはずなのに、私は自分で自分を縛り付けてずっと苦しんで生きていた気がします。仕事の情熱を失ったことは一見ネガティブな「燃え尽き」に見えるけど、私にとってはようやく、おだやかな次の人生へ進むためのステップだったんだろうなと思います。

ただ、この状態でセミリタイアしたらそれはそれで、目標もなくただダラダラと堕落した生活を送ることになる可能性もあります。今もなんとなく、それは人としてダメだよなーという思いは持っていつつも「自分で考えて、納得してそれを選んだ」という事であれば、それもいいのかもしれない。

40代になって心も体も変わりました。
でも、それは人生が終わりに向かうサインではなく、「これからの人生をどう生きるか」を考え直すタイミングだったのかもしれません。

私はまだ答えを見つけられてはいません。それでも、以前より少し肩の力を抜いて、自分らしい生き方を模索していこうと思っています。

コメント